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サム・ペキンバーが描く男の暴力!「わらの犬」感想!

Netflixで映画漬けな日々を


こんにちは、タコヤキです。

 

昨日Netflixでサム・ペキンバーの「わらの犬」という映画を見ました。

 

 

びっくりしたのがなんで「わらの犬」が配信されてんだ!っていうとこです。
なぜかというと、この「わらの犬」ってリメイク版はよくツタヤにおいてあるんですけど、オリジナル版はあまり置いてないんです!(僕の経験上)
そしてNetflixにはサム・ペキンバーの名作「ワイルド・バンチ」や「ガルシアの首」、「ゲッタウェイ」などが配信されていません!


なぜ、名作を差し置いて「わらの犬」だけNetflixに?
と疑問に思いました。Netflixさん、はやく他のサムペキンバー作品も配信してあげて(泣)


と、前置きはともかく「わらの犬」感想です。


あらすじはこちら。
数学者のデイヴィッド・サムナーと妻エイミーは物騒な都会生活から逃れるため、妻の故郷でもあるイギリスの片田舎に引っ越してきた。だが、いざ蓋を開ければ村の若者たちから嘲笑を浴び、嫌がらせを受ける毎日。彼らにひとこと言うようにエイミーからけし掛けられても、気弱なデイヴィッドは取り合おうとしない。ある日、精神薄弱者のヘンリーを家に匿ったことから、彼をリンチにかけようとする若者たちの総攻撃を受ける。知人であるスコット少佐が仲裁に入るも、揉み合った挙句に撃ち殺されてしまう。それを見たデイヴィッドの中で、何かがはじけた。恐怖に脅えるエイミーが止めようとするのにも構わず、デイヴィッドは次第に暴力の渦に飲み込まれていくのだった。
wikipediaーより抜粋


これも好き嫌い分かれるタイプだと思います。
まず最初がかなり退屈だし、いまいち状況がよく飲み込めないところがあります。
面白くなるのは後半の篭城したところからですね、サムペキンバーの暴力が炸裂します。

 

この映画、数学者のデイヴィットと妻のエイミーががだんだんと村の人の暴力に巻き込まれていき、結局人殺しまで発展してしまうっていうのが大筋なんですが、ディヴィットが徐々に暴力的になっていくのが怖いですね。
村の人はただ暴力をわいわい楽しんでいるような幼い感じがありますが、篭城してからのデイヴィッドはねじが一本外れたみたいなところがある。
最初は話し合いとかでなんとか村の人たちといざこざの解決をしようとするのですが、少佐が死んでからは、冷静に一人一人をぼこぼこにします。もはや映画前半の物静かなデイヴィットとは違い、静かに暴力を振るう一種のモンスターです。

 


そのデイヴィットがモンスターになる過程で、元から夫に不信感を抱いていたエイミーは村人側につこうとするのですが、デイヴィットは力づくでエイミーを従わせます。ここはこの映画のテーマが一番つまったシーンだと思います。
夫だろうが本能的な暴力に目覚めると他者を無理やり支配するような暴力を振るう。
その一番の本質のところを描いたようなシーン。
これって村の人たちがエイミーに乱暴したときと、ほとんどなにも変わらないんです。力で無理やり従わせるような暴力。

 

やり方や立ち位置が違うだけで、村の人が行った暴力も、デイヴィットが行った暴力も本質的には同じです。


そのような暴力をエイミーはこの映画では余すとこなく受ける悲惨なキャラクターであり、中心人物です。この映画は彼女を中心にして見るほうが、テーマ性も男の暴力も感じられると思う。

 

エイミーは全く悪くないかどうかと言われたら、良くないところもあったし、自分勝手なところもたくさんあります。でもそんな彼女の意図したところを全て暴力でねじ伏せられるとういうのは悲惨でしかありません。
この映画を見たとき男性と女性でだいぶ感じ方が違うのではないでしょうか。

そういうところからもこの映画は評価が分かれるなと思います。


サム・ペキンバーは暴力の映画で有名ですが、「わらの犬」も男の暴力の本質を突いたような映画でした。
どんな人にオススメか?って言われると、難しいですね。サム・ペキンバーや北野武ソナチネとか楽しめると思う。万人にはオススメするような作品じゃないかな。「冷たい熱帯魚」とか好きな人もいいかも。

 

ちなみに僕の一番好きなサム・ペキンバーは「戦争のはらわた」です。

 

という訳で、映画「わらの犬」の感想でした。
ーそれでは、また。